この病院ではNICUに入れるのは両親と祖父母のみ、一度に入れる人数は2人まで、その代わり時間は24時間好きなときに行ってよし、だったので、入院期間中は昼夜問わず会いたいときに次男に会いに行きました。
実はNICUは3部屋もあって、NICU1.2は急変する可能性のある重い病気の赤ちゃんが多く次男も初めNICU1にいました。看護師さんも医師もアラートがならなくとも常に計器に意識をむけており長居のできる雰囲気ではなかったので搾乳した母乳を届けるのを口実にこまめに何度も会いに行っていました。
退院準備も始めました。病棟の搾乳機がメデラの置き型搾乳機で大変使いやすかったので、同じメーカーの携帯用のやつをamazonでポチりました。
次男は腎臓の値が戻らず、相変わらずすごいむくみでした。
シリンジで少しずつおっぱいを流してもらって繋いだ腸が機能するかどうかも様子を見ていました。手術後排便はまだありませんでした。
術後1週間が山だと言われていて起こり得る可能性としては、ポロポロだった腸が機能せず壊死してしまう、繋いだ部分が破裂してしまう、そういうことに気をつけて診ていくということでした。
もし大きな声で泣いてしまうと肺気胸も広がってしまうので、術後はずっと沈静をかけてもらって眠っていました。せっかく2500g以上あった体重も毎日減っていきます。しかし減っていくということは身体全体が生命活動を行なってエネルギーを使っているからで、栄養が取れるようになったらきっとよくなる、と思うことにしました。今はこの子の生命力に賭けて見守るしかありません。
術後7日目、私が先に退院することになりました。
NICUの主治医の先生はものすごくよく診てくれています。
この人に任せていれば安心だ、とすぐに信頼できる先生でした。小柄でほっそりした女医さんです。スクラブを着て、マスク、帽子もされていていつも目元しか見えません。けれど、それだけ隠されていると時に見えている部分からすごく表情が伝わってきます。この人は患者にいつも一生懸命なんだな、と感じました。それと意思の強い方なんだな、ということも。そんな先生が子供を残して退院しなければいけない私の不安を感じ取ったのか、
「お母さん、弐ちゃんは、すごいやる気です。強いです。沈静かけてるのに、口が一生懸命チュパチュパしていて食べる気も満々です。この子は生きます。」
と言ってくださいました。
次男を妊娠してからたくさんのお医者さんとお話しする機会がありましたが、こんなにはっきりこの子は生きます、と言ってくださったのはこの先生が初めてでした。
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